誰かに預けるために産むわけではないから……子どもを中心に親も「達成感(以下略)」を実現できる場。

先日、出版記念イベントで入手した境治氏の書籍
『赤ちゃんにきびしい国で、赤ちゃんが増えるはずがない。』

実際に活動中のパワフルな方たちが沢山登壇されて、事例紹介や対談など充実した内容、今後も楽しみなとても面白いイベントでした。
そのイベントへの行き帰り、混む電車の中で土方お兄ちゃんが席を譲ってくれたり、おじさんおばあさんが空間を守ってくれたり、若いお姉ちゃんと赤ちゃんトークが弾んだり、「赤ちゃんに優しい」空間を沢山経験しました。

「赤ちゃんにきびしい」のは一体何なんだろうか?



「日本の少子化の根本的な問題点とは……
 若い男女が、子育てよりも
 自分のことの方が大好きだ、ということなんです!

保育環境を整えれば子供を産む、という大ウソ(長谷川豊)  - BLOGOS(ブロゴス) http://blogos.com/outline/101095/

キター! そう、これこれー! っと思った記事↑。

自分の過去を振り返ったり周囲の状況を見るに「赤ちゃんにきびしい」のは周囲の目や声でも、行政のフォローでもなく、

「親になる者たちの価値観/優先順位」、だ。

昔、私はとにかく優秀なDNAが残したくて(夫より子どもが欲しいというありがちな)飲み屋のキープボトルに「DNA」と書かれるほど「DNA残したい」「優秀なDNA男子募集」言ってた。
ところが、そう言うわりに、妊娠も結婚もしない。
結局、仕事も楽しかったし遊びも楽しかったのです。

結局、優先順位が「仕事(自分の世界)>子ども」だったのです。

産んでみて、産む前の色々な自分に愕然とした。

・分娩直前も「産んだらすぐ仕事もしたい☆」と言っていた自分……
・子どもを持つ友人たちに「仕事しないの?」と無邪気に聞きまくっていた自分……
・昔、育休から復帰した同僚に優しくできていただろうか自分??(まぁあそこは職場的にムリという話も)

さらに↑末尾の「職場的にムリ」を解剖すると……

・「男並み」に24時間働くのを厭わない姿勢を
 見せることによって女性が就職/活躍できた職場では
 それゆえに、
 出産後は働き続けることができなくなってしまう。

『「育休世代」のジレンマ 女性活用はなぜ失敗するのか?』 (中野円佳)のレビューより抜粋 ※読んでない)

なんてことだ。男並みの労働、それこそが。。。

母たちの首を締め付けていたのは女である私、母になる前の女でもあったのです。衝撃の事実。

「彼女がスーパーウーマンであれば。が、
 仕事して、家事して、育児して、
 介護がはじまったら介護して......ってやっていたら、
 死にますね。突然の死、ですね。」

夫は、どうすれば良かったのか? ――サイボウズのCM第二弾について考える http://www.huffingtonpost.jp/kobeni/cybozu-movie_b_6427158.html

笑ってしまった。いや笑うとこじゃないか。

専業主婦(夫)が複数人、家庭にいる姿が本来一番だったかもしれない……と感じつつも「女は専業主婦になるべき!」とも思わない。

子育ては時間がないから大変なのではない。
ドーパミン不足、子どもにも大人にも大切なこと
「考えること、達成感を得ること、認められること」
が不足していることが、辛いのです。

『子育てを大変だと感じる本当の理由』 http://ameblo.jp/licolily/entry-11963547974.html

男性と同様、女性にだって色々な能力がある。(むしろ子育てのほうが初心者無能力で日々手探りだ)
「女性も社会進出する時代」という価値観があり、すでに個々の能力を使って社会進出を経験しており、「考えること、達成感を得ること、認められること」を満たしたい、その意義をもう体感している。

そして、いつか子どもたちも巣立つ時がくる。
親より友人、子離れ=親離れさせて独立させる時が。

「仕事の意味は、お金だけじゃない。
 「夢」や「志」、「人とのつながり」でもある」
またまた「こべにさん」の記事: 量産型ワーキングマザーのみんなたちよ、大志を抱け!  - リクナビNEXTジャーナル  http://next.rikunabi.com/journal/entry/20150108

個人のがんばりに丸投げせず、ママを(パパも、その結果で子どもたちを)生かすには、社会@自分たちの価値観と仕組み。

ただ……
私はまだ「ワーキングマザー」を経験しておらず、復帰を約束している職場もなく(無職)、そんな身分だからかもしれないけれど

「0〜1歳から保育園に預けて働くかどうか?」と保育園の下見をして真剣に考えてみたとき、

「誰かに預けるために産んだわけではない。。。」

と、雷が落ちるように思ったのです。

本当は多くのワーキングマザーさんたちもそう思っているのではないかな。。。
「約束どおり職場復帰しなければ、そのために、保育園を探さなければ!」という、今よくある復帰の流れに乗りつつも。。。

(もちろん「子育てしんどい涙」「誰か助けて!」は内に溜めず、どんどん外部援助を頼るのが吉です)

だから、「こべにさん」記事に全面賛成ではないです。
今後「量産型ワーキングマザー」が増える社会を望んではいない、という点において。
その社会はあいかわらず子どもではなく、親の「仕事(自分の世界)」が中心になっていないかな。そんな気がして……

>「風立ちぬ」観ましたか? ニッポンの少年よ、
>「夢を叶えるってすばらしい!」そう思いましたか?

あの映画は「主人公が夢を叶えるその裏で色々な人が切ない(貧困、煙草、病死、戦争)」に思いました。
親の「夢」の裏に、子どもを据えて良いものか。
私も、教師している祖母を見て「ステキ」と憧れた幼少期あり、我が道を進む大人の後ろ姿によって子どもが感化される面も大いにあるとは思っている。
でも、、、親の裏でなく子どもが表にいてほしい。

じゃあ、どうするか。

まず私自身の価値観を変えていかないといけない。

出来たら、これからの若者のキャリア教育に「子どもを持つこと(それによる職の変動)」もきちんとしたプランとして教えていく。(キャリアダウンだ!と衝撃を受けない人生設計)

「夢」や「志」、「人とのつながり」、それは「既存の会社」をベースにして、実現しなければいけない、実現できないことなのだろうか???

既存の会社と協力は必要でしょうが、そうではないと思っていて、そんな場を作りたいなと感じている。

子育てを始めてから「人生ちゅうのは長いな!」と、本当、日々感嘆する。
大人になってからはある程度、人格形成もできてやること/やれることも分かって、毎年のリズムも出来て、何となく人生全体が見通せる気にもなってくる。
ところが、子ども登場。
人格形成なんじゃらほい。
毎年、毎年、やること/やれることが広がる子ども。
全然見通せない。

自分自身の子ども時代を振り返り……
「あぁ初恋はいつするんやろな〜」
「あぁ厨二病なポエムいつ書くんやろな〜」
「あぁ親への反抗いつ始まるんやろな〜」
「あぁ」
「あぁ」
あぁ、あの濃厚な子ども時代を私は隣でまた見るんだ、人生ちゅうのは長いな!(嬉しい感嘆?)

ありきたりなオチだけど、長い人生の中でも二度とその体験は帰ってこない「子ども」の時代。
寝返り、ハイハイ、つかまり立ち、初めての言葉……そばで見ていてあげたい、見ていたい、親には出来るだけそばで見ててほしい、と思うのは私の単なるエゴかもしれませんが……

今日できなかったことが

明日にはできるようになる

そして

できなかった時には戻らない

昨日のあなたには二度と戻らない


夜泣きをするきみへ http://ameblo.jp/licolily/entry-11957130078.html


親たちが子どもと一緒に「夢」や「志」「人とのつながり」を実現する場所。
「考えること、達成感を得ること、認められること」を実現する場所。金銭も。
その場所の模索と試行を今年2015年の目標にします。

その場所が実現できるなら、子育てと仕事(金銭)が両立できるわけだから、「世界の孤児院」願望の実現にもつながっていくと感じています。

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